F.A.N.設立の動機と当時描いた将来像    
                                                           


「自然保護の現場に出て活動し、その場所にほんとうに必要なものはなにか考え、ストレートにそれを行う。そして、きちんと評価されるような成果を作る」活動をし、「一般の人でも気軽に自然保護に参加できる場」である学生の団体としてF.A.N.は作られた。チームではなくネットワークにした理由を当時目指した将来像も併せて聞いてみた。

 長岡さん「高校生のころ、夏休みなどの長期休みを使って、僕はウトナイ湖サンクチュアリでボランティアをしていました。長期休みにはF.A.N.の学生たちもウトナイに来ていたから、まだF.A.N.ができる前から、彼らとは知り合いでした。F.A.N.設立の結構前から、フィールドアシスタントという言葉は聞いていましたよ。」

 F.A.N.発足の少し前、設立メンバーの一人が、長岡さんに将来のF.A.N.の構想を語ってくれたことがあった。

 「将来、草の根ゲリラ的にF.A.N.のOBたちが日本中にちらばって、何か起こったとき、いっせいに立ち上がって自然の破壊をくい止められるようにならないかなぁって。
 
 その当時は『そんなふうになるのかなぁ。』と思ったんですが、いま、保護の狭い業界の中では、F.A.N.をやっていたということでできるつながりは大きい。たとえば今回の取材もそうですが、初対面で歳も違う人同士なのにこんなに近しく話せるのも、F.A.N.によってつながっているからだと思います。」
 17年前はその言葉に実感をもてなかったが、「現在はFAへの想いはより強まっていますよ。」と話してくださった。

 当時目指したF.A.N.の構想を簡単にまとめるとこうなる。

                                               
「意識づけ」
参加する学生たちに、日常的に自然を好きになってもらう                               

「意識の高い人をつくりだす」
意識づけがなされている学生たちの中から、特に意識が高くてリーダーになってくれる人が出てくる

「FAが自然保護のたてになる」                                                 
2のような人たちが一緒に活動していた同じ代のひとたちのよりどころとなって、何かあったとき(急に自分の住んでいる地域が開発されそうになったときなど)、相談したり助けを求めたりできる
                      
FAが代を重ねることによって地域や仕事のネットワークにどんどん広がりが出てくる   
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